カナダ(1997/5/25-6/1)

  5月25日(日)
  名古屋空港よりバンクーバーへ向かう。通関後スタンレー森林公園の入り口には、見上げるようなトーテムポールが何本も立っていた。公園の中には、千年杉、八百年杉が立ち並んでいるそうである。その後、空路国内線でカナディアンロッキーの入り口カルガリへ一行は向かう。カルガリー空港を一歩外に出ると、まるで冷蔵庫に入ったように空気が冷たかった。小雨が降っていた。ここから100kmはなれたバンフにバスで向かう。バンフについたのは夜11時頃で、まる一日動きづめだったことになる。

  5月26日(月)
  地元ガイドの方二名と共にカナディアンロッキー山脈にバスで向かう。雲間から見えるカナディアンロッキーは雄大且つ壮大であった。気の遠くなるよう長い歴史と大自然のつくりあげた大芸術だと思った。バスに乗って走っていても、いつ果てるとも想像もつかないロッキー山脈の長さであった。山脈の間に垣間見える何億年の歴史を刻んでいる氷河の断面は、白い大雪原の中で、青白い輝きを放っていた。途中、バスから下車して人間の背丈以上もある大タイや六本をつけた雪上車に乗り換え、コロンビア大氷原に実際に立つ。氷河上の雪が溶けて流れる水で、手を洗い、顔を洗う。時差ボケの私の頭を目覚めさせるのに、十分な冷たさであった。宿泊地バンフへもどる前、ロウイズ湖の周囲を一行で散策を楽しんだ。眼前に雄大な山がそびえたち、その雄姿を湖面に写していた。歩道に鴨がいたり、紫色の小さな花を咲かせている野草、湖の水を飲みにきたらしき、けものの足跡があったりして野生味を十分感じた。三々五々にわかれての食事の後、ショッピングをしたが、夜十時くらいまで暗くならない白夜には驚いた。翌朝は何百キロメートルもバスに乗ってバンクーバーまで移動である。あらためて北米大陸の広さを思わしめられる。

  5月27日(火)
  A班とB班に別れ、B班はO.S.GEIGER SCHOOL Early chieldhoot Servicesを訪れる。通訳はスコットさんがして下さり、応接室で校長先生より説明を受ける。この学校ではモンテソーリとピアジェの精神を基本としている。特色としては、特に両親の協力があげられる。単語のスペルをたくさん覚えた子供は、地域の人々のドアをノックし、質問に答えられるとおこずかいがもらえ、そのお金を学校で積みたて教材を購入するというのがユニークであった。幼稚園へは五才になるとすべての子供が入園する。費用は州が負担。9月に始まり、6月に終わるという区切り。
  地域の住民と保護者と学校の職員が三位一体となって、子供の教育に取り組んでいる感じがした。ボランティアとして、母親が先生の仕事を手伝っていた。ボランティアを社会参加と考え、手伝いの仕事を「生きがい」としているとのことだった。幼稚園児よりコンピューター教育にとりくんでいた。図書室は小学生、幼稚園児が共同使用ということだった。三、四才時で、両親が働いている場合は、個人立のプレスクールと契約を結びあずけるとのことだった。小学生においては、原則的には、給食がないとのことだった。昼食は一旦家に帰宅して食べるというところが日本と大きく異なっていた。幼稚園児は月20ドル払ってランチルームで食べるとのことであった。
  視察を終え、カルガリー空港へもどる途中高さ190mのハスキー塔展望台に登り、カルガリー市街を一望のもとにみわたす。オリンピックの跡地や高層ビルが立ち並ぶカルガリーの街の中にこんもりとした茂みや森があちらこちらに散在し、あらためて緑(自然の)多さに驚かされる。

  5月28日(水)
  午前中、バンクーバー市内の小学校の視察を班に別れて行なう。私たちが訪れたのは、
PARKCREST Elementary Schoolである。小学校は一年生から七年生までのクラスがある。併設されている幼稚園は五才から義務である。必要のある三才児、4才児は隣接している個人立のプレスクールに通う。公的な託児所、ナースリースクールはないそうである。カナダにおいては、連邦政府の主な仕事は外交と国防で、教育、福祉などは各州に全権が任されているそうである。
  視察のあと一行は昼食で中華料理を食べ、その後フェリー船に一時間30分ほど乗り、ビクトリアに着く。

  5月29日(木)
  三班に別れ、私たちは、ビクトリア市内のLampuson Elementaryを訪れる。はじめに
visitorのバッヂをつける。この学校は子どもの数が減少して十二年間閉鎖されたことがあるとボブ・パーカー副校長先生が説明をはじめられる。施設を新しくして再び開校されたそうである。体育館で小学校一年生の授業を見学する。生徒達は、トランポリン、キャッチボール、ローラースケートボード、輪とびなどいろいろな種目を交代で取り組んでいた。動きがとても活発であった。コーヒータイムに、民保事務局で用意して下さった、日本の伝承あそびの紙風船、ケン玉、逆だちゴマ、折り紙などの遊び方を諸先生方が紹介され、訪問校の職員、保護者の方々とプレイする。
  午後、ブッチャート・ガーデン散策の後、夕方、Montessori校を訪問し、教育方針の説明を受ける。羅列的になるが次に述べてみたい。

・モンテソリーは1870年イタリアに生れる。
・異年令児混合教育はモンテソーリーの発案である。古い時代に画期的教育ということで注目される。
・ルソー、ペスタロッチ、フレーベルの影響が強かった。
・イタリアで初めての女性医師である。医学の道を志したが、教育の研究に進む。
・道具、教材は本物を使う。
・話さないで動作で示す。その後、言葉で説明する。子どもはリピートを好む。小さい子どもは吸収が非常に高い。それを、百年前に発見した。
・モンテソーリーは、先生という言葉を使わなかった。子どもは子ども自身の道を行く。その時ガイドの役割を果たすことが重要である。

・道具、教材を使い五感に訴えていく。鋭く磨いていく。
・文字を教える課程をへて、ゴールは平和にあった。

  5月30日
  午前中は、格調高いMONTESSORI校の視察である。一行は、小人数に別れ、時間差を設けての見学となった。子どもたちの授業の妨害とならないようにとの配慮からだと思われる。子どもたちは、色々な教材を用い文字を覚えたり数を学んだり、国名を覚えたりしていた。大変静かで、しかも工夫、研究された教材を用いての授業で、恵まれた環境にあると思った。
  午後は自由時間となり市内観光やショッピングを楽しんだ。夕食は全員そろって中華料理店でお別れパーティーとなった。テーブルには次々と料理が運ばれる中、その姿、大きさにビックリした。はじめてロブスターを食した。大変美味であった。

  5月31日(土)
  今日はいよいよ最終日。朝六時頃ドシャ降りの雨の音で目が覚める。ビクトリア空港よりバンクーバー空港に向かい帰国の途に着く。
  カナダでの一週間、いろいろな体験、思い出ができた。北米大陸に貫くロッキー山脈。もうすぐ初夏だというのに、雪化粧したままの三千メートルを超える高峰がエメラルドグリーンの湖面にその姿を映していたのが印象的だった。

(研修記録抜粋)

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