パンフレット (pdfファイル)
チューリッヒに着きました 5月 31 日


中部国際空港を11時出発しました。ヘルシンキに9時間15分かけて到着。しょして、また、2時間45分かけてチューリッヒに到着しました。スイスと日本の時差は、7時間です。ホテルに張ったのは19時過ぎでした。日本時間では深夜2時過ぎです。眠たくてたまりませんがホームページに投稿しています。
チューリッヒからベルンへ 6月 1日



チューリッヒのホテルを出て、鉄道を利用してベルンに行きました。大勢の荷物を運び込んでいたとき、仲間のウエストポーチのチャックが開けられ、中のものが盗まれそうになりました。すぐに気がついた仲間は、大声を出しおかげで、そこにいた知らないおじさんがそそくさと立ち去りました。どうもそのおじさんスリだったようです。大勢の行動には用心が必要ですね。びっくり!何事もなかったように無事にベルンには着きました。
ベルンの保育園をみてきました 6月 2日



保育園を訪ねて出かけた保育園では、快く受け入れていただきました。最初に、行政の担当者から説明があり、後に、2班に分かれて施設内の見学をしました。



インターラーケンの保育園をみてきました 6月 3日



インターラーケンの保育園の中で一番小さな保育園に行ってきました。説明を受ける場所がないのか、広場での質疑応答でした。少々日がきつく日焼けしたのではないでしょうか?でも、2回目の視察なので、スムーズに運び楽しく過ごせました。
ユングフラウヨッホに行ってきました 6月 4日
今日は、オプショナルツアーで全員が参加しました。インターラーケンから電車に乗ってグリンデルワルトまで行き、そこから登山電車に乗り換えクライネシャイデッグまで行き、また電車に乗り換えて世界で一番高いところにある駅ユングフラウヨッホに行きました。天気がよければ、下界が見えるのですが、あいにく曇っていて、何も見ずに降りてきました。昼食を乗換駅でとり、ハイキングにベンゲルナルプまで歩きました。その間にきれいな空気をいっぱい吸って、きれいな花をいっぱい見て、アイガー・メンヒ・ユングフラウ・シルバーホルンを眺め楽しい一日を過ごしました。



バーゼルにやってきました 6月 5日
今日は、バーゼルの保育視察です。電車で、インターラーケンからバーゼルまで2時間ほどかけて移動し、すぐに保育園視察でした。その後、バーゼル教育省の担当者から説明を受け、質疑をしました。その間12時を回っていたので、サンドイッチが教育省で用意され、それをいただきました。


日本に帰ってきました 6月 7日
6月7日午前中に日本に帰ってきました。スイスのチューリッヒからフィンランドのヘルシンキまで約3時間40分かけました。そして、ヘルシンキで3時間ほど待った後、日本の中部国際空港に向け出発しました。約9時間20分のフライトでした。映画を見て過ごしたり、眠ったりして、行きほどの時間を感ずることなく早く着いた気がしました。あっという間のスイス研修でした。
研修報告書より抜粋
新型インフルエンザが流行し、海外渡航が取りやめられるニュースが流れはじめると、期待と不安が混じった複雑な気持ちでしたが、おかげさまで5月31日の出発日を迎えることができ、研修に対して自分なりに2つのテーマをもって飛行機に乗りました。
①豊かな自然環境や多文化・多言語の環境での保育実践について
②教育家「ペスタロッチ」や児童心理学者「ピアジェ」の出生地であり、「リトミック」発祥の地であるスイスの教育・福祉の考え方について
実際に見たり聞いたりしたいと思いました。
訪れた町の印象
中部空港からヘルシンキを経てチューリヒ空港まで約13時間余の飛行時間で時差はサマータイムのためマイナス7時間。最初の都市はチューリヒで静かで落ち着いた雰囲気です。横断歩道はあるのに信号はほとんどなく、交差点は運転手があえて見にくいように木が植えてあったり道幅が狭くなったりしています。理由をきくと、「あえて危険な状況にして運転手に緊張感を持たせているのです。」と言われる。走る車の量は少なく確実に歩行者優先で、どんな所でも歩行者がいると車は止まりました。いろいろな国に囲まれているスイスは、国から国への物資輸送の途中であるため、道路が悪くなり修理にお金がかかります。そのため鉄道を大切にして発展させてきたようで、経済的にも環境を守るためにも効果的なことです。空気が澄み、緑の美しい町並みでした。
2日・3日目はスイスの首都ベルン市。アーレ川を中心に中世の姿がそこにあるようで、世界遺産の都市だけあって、ずっしりとした重みのある雰囲気です。道路には自転車・車椅子・トラム(路面電車)・自動車・歩行者が何の区切りもなく往来しています。日本なら確実に信号があるはずの場所にないため、信号に頼ることに慣れている私は緊張して道路を渡りました。トラムに乗る時も切符のチェックはなく、自己判断で乗り降りし、日本に比べて自己責任を要する場面がたくさんありました。住居は昔からの頑丈な建物が多く、一つの建物に幾つかの家族が住む集合住宅がほとんどで、質素ですがベランダにはバラをはじめいろいろな花があり、市民の心の豊かさを感じました。ちょうど6月1日は聖霊降臨節のために祝日で、レストランとホテルだけしか開いていない町は大変静かで、日本の祝日とは違っていました。生活共同組合経営の「COOP」や「MIGROS」というスーパーマーケットはどこに行ってもあり、果物と野菜の種類は豊富で、体験に果物を買ってみたら、種類ごとの量り売りでちょっと戸惑いました。消費税は7%台で、全体に物価は日本より高めでした。平均給料も日本より高いそうです。
4日・5日目はアルプスの麓の村インターラーケンです。ここへ行くバスの運転手さんの歌うヨーデルが、周りの山々に響く素敵な声で、ついCDを買ってしまいました。ここは日本の上高地のような所で、多くの日本人観光客が歩いていたため、スイスではなく日本にいるような錯覚をしました。随所にアルプスの少女ハイジの歌声が聞こえてきそうな草原があり、氷河や聳え立つ4千メートル級の山々に圧倒されました。
最後の6日目はバーゼル市でフランスとドイツの国境の人口19万の都市です。バーゼルまではドイツの列車に乗り、降りたのはスイスの駅。その隣にフランスの駅があるという3つの国が隣り合っていて、なんとも不思議な気がしました。町の中心に雄大なライン川が流れ、そこの渡し舟がひもで結ばれ、対岸まで動力を使わずに風力のみで動かしながら人々を運んでいる景観はとてもゆったりしていて、いかにも環境を大切にしているスイスらしい方法だと感心しました。
保育園の歴史について
バーゼル州の教育省(保育園から大学まで管轄)の保育園担当の方から保育園の歴史について話を聞いたところ、100年程前に上流階級の人たちが宗教的な福祉精神のもと、貧困者を助けねばならないという気持ちから保育園が設立されたとのことです。
国が時代と共に工業化され、19世紀の終わり頃に多くの労働者がバーゼルにやってきましたが、労働者の子どもたちの住居環境は悪く、死亡率も高かったようです。1850年以降、児童の労働が禁止されていたにもかかわらず子どもたちは働かされていました。1950年代になるとイタリアの労働者も入ってきて、奥さんや子どもまでもが働かなければ生活できず、親が子どもの世話をすることができないため、1871年に資産家の一人が福祉精神のもとで保育園を設立したのが最初です。昔は貧困層の子どもたちが保育園に入園しましたが、徐々に共働きの内容が変化し、女性の社会進出のために必要とされるようになり、今日では色々な層の子どもたちが通っているそうです。
3つの保育園訪問
ベルン市のブライテンライン保育園
(乳幼児から就学児童までを保育している規模の大きな保育園)
朝の9時頃にこの園を訪れた時、ちょうど一人の女性が3人の子どもを連れて門から出てくるところで、子どもたちは全員肩掛けカバンを下げ、光反射の黄色いたすきを掛けています。登園時間なのにどこへ出かけていくのだろう?ことばが通じず、残念ながら聞くことができません。門を入ってまたびっくり。ごつごつしたコンクリートが庭にころがっています。日本だったら危険物になる石です。部屋へは狭いまわり階段を4階も上がっていき、そこには登山に使用するザイルがたれています。ロッククライミングの練習を階段でやっているのかなと思ったのですが、きっと安全ひもでしょう。案内された屋根裏部屋では4・5人の子どもたちが先生とマットや垂れ下がったひもで遊んでいます。私には危険な環境設定に思われましたが、ここではあたりまえのようです。登山家でもある添乗員さんが私の驚く様子を見て、「スイスの子どもたちにとって、これくらいは平気なのですよ。」と言われた言葉が心に残りました。製作・音楽・ままごと・食事・着替えの部屋など用途別に小さな部屋がいくつもあって、子どもたちはそれぞれに好きな部屋で遊んでいました。先生が休憩する素敵な部屋もあり、そこできっとお茶を飲みながら子どもたちの話をするのでしょう。ゆったりとした職員数と保育環境でした。保育時間は6時30分から18時30分までで、朝の会・自由遊び・集団遊び・昼食・お昼寝・おやつ・降園という保育の流れは日本とよく似ています。園庭が狭いため園外に出かけることが多いそうです。クラスではなくグループとして集団が編成され、1グループは10人~12人くらいで色々な年齢層の構成で1グループに2~3人の先生が担当します。保育料の最低料金は2万5千7百円、最高が20万円で所得や子どもを預ける時間によって違ってきます。昼食は専門のコックさんが朝食・昼食・おやつを作ります。ここでは学童保育も行われていて、生後3ヶ月から16歳までの子が入園対象になっていて、この保育園から幼稚園や小学校に通っています。この話を聞いてやっと朝の光景が納得できました。幼稚園には家庭から通う子と保育園から通う子がいて、幼稚園は4歳から6歳までの2年間で、時間は午前中で終わります。近年では日本と同じく働く女性が増え、2歳児未満の入園希望が多くなりましたが、貧困家庭や兄弟の多い家庭の子が優先して入園でき、今のところ待機園児は少ないそうです。保育園・幼稚園担当の青少年局の方に日本の1クラスの園児数を伝えたら、その多さに目を丸くして驚かれました。保育料が高いのはスイスではまだ育児は家庭で行うものという考え方が根底にあるからです。貧困家庭に対してはきちんと援助をし、女性の社会進出に対しては、預けるお金は高額ですが体制をきちんと整え、安心して働けるようにしています。
インターラーケンのキタ・クンターブント保育園
(生後3ヶ月~小学校に行くまでの子どもを保育し、自然豊かな環境を生かしながら、森や
農家に出かける活動をしている保育園)
絵本に出てくるような可愛い園舎で、入り口の庭にはテーブルが置いてあり、お茶とお菓子が用意されていました。小さい園なので2班に分かれて見学することになり、2班目の私はそこでしばらく休憩をしました。あたりは緑の自然の中で、道一つ隔てて幼稚園がありましたが、午後だったので子どもたちは帰って誰もいません。一人のお母さんが子どもを迎えに来ただけで誰も通らず、静かな時間の中で、心和むひとときでした。
この保育園もシステムとしてはベルン市と同じでしたが、小学生はいません。大変驚いたことは、9月の新学期に、わが子が小学校の授業についていけないと思ったら、保護者の判断で入学を遅らせることができることです。一人一人の発達段階を大切にした教育が行われていることについて、日本とは考え方が違うのを感じました。
園での活動は自然環境を生かした戸外遊びが中心で、この日も芝生の園庭で、ままごとや砂場遊びを楽しむ子どもたちの姿がみられ、人懐こい笑顔が印象的でした。
③バーゼル市のターゲスハイム・ヘレナホーフ保育園
(外国人の園児をたくさん受け入れ、多文化・多言語の保育を実践している保育園)
大きなコンクリートの建物に可愛い木製の扉があり、そこが保育園の入り口でした。外からみたら保育園にはみえません。ここにはいろいろな国の子どもたちがいるので、壁には一人一人の出身国や地図・写真などがはってあります。保育園児は40%が外国籍です。年齢差・国籍の違いなど、いろいろな子どもたちでグループが構成されています。園長先生が「子どもの年齢をミックスすることにより、世話をしたりされたりして育ちます。また小さい頃から他の国の文化や言語環境に触れて育つことは、子どもたちにとってよいチャンスであり、言葉は1つではなく3~4ヶ国語を覚えます。」と言われ、バーゼル市の言葉はドイツ語ですが、保育園の60%の子は母国語以外を話せるそうです。
バーゼル市のもう一つの特徴は幼稚園が義務教育で、小学校に入る前の2年間は無料です。昼寝の時間なのに遊んでいる女の子がいて、もうすぐ小学生になるので、昼寝をやめているとのことです。小学校での生活リズムや態度を身につけるために幼稚園が義務になっていて、幼稚園では、小学校と同じく同年齢の横割りグループ編成になっています。就学前の教育に力を入れているバーゼル市の教育への意識の高さを感じました。
3つの保育園を訪問して学んだ成果は
保育園は家庭の役割を担い、幼稚園は小学校就学前の教育を担っていて、役割分担がしっかりしているため、子どもにとって育つ環境が安定していて良いことです。
自然の中や実生活に近い環境を設定し、制約が少なく、子どもの自己判断を大切にした活動が行われる中で、自己責任が持てる子を育てているところです。
研修を終えて
添乗員や通訳の方を含め総勢18人のメンバーで徒歩・路面電車・国際列車・バスなどいろいろな乗り物で移動しました。はじめは知り合いが誰もいなくてちょっと不安でしたが、少しずつメンバーの気心も分かり、あっという間の1週間でした。朝は鳥の声と教会の鐘の音で早く目覚め、夜は暗くなるのが10時頃で、時間の感覚がおかしくなりずっと睡眠不足でした。しかし持病の偏頭痛が1回も起きなかったのは、豊かな自然環境と徒歩での移動が多かったおかげでしょうか。
2つのテーマについては、五感を通して感じたり、話を聞いたりして納得することができました。今後の幼児教育の現場で生かしていきたいと思います。
最後になりましたが、今回の研修でスイスの福祉・教育の考え方を学び、実際の保育現場やいろいろな環境を見る機会を与えていただいたことに、心より感謝いたします。